いい思い出ほぼなし中学校時代1【でも将来4000万貯められる!】

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いい思い出ほぼなしの中学校時代【でも将来4000万円貯められる!】

こんにちは。誰でもセミリタイア可能ブログ管理人のレオです。

僕が10年間実施していたお金の増やし方【誰でも再現可能です!!】

リタ男
リタ男

今日はどんな内容ですか?

レオ
レオ

僕が中学生時代のエピソードだよ。すごい不遇時代だったな。でもそんな不遇な時代があってもセミリタイアは可能だよ!

リタ男
リタ男

くわしく教えて下さい!

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何の取り柄もなかった小学校時代【でも将来4000万貯められる!】

格闘技、ケンカ経験なしでなぜか柔道部に入部

小学校時代にバスケットボール部に所属していた僕は「帰宅部」に非常に憧れていた。

なので中学に入学したら、部活には入らないと決めていた。

現に最初の一か月間はどこにも所属せずに帰宅部を満喫していた。

しかし、それが親には気に食わなかったみたいで母親から

あんたどの部活にも所属してないの?お父さん怒っているよ!学生のうちは何かしら運動部に所属しろって!

と母から間接的に言われた。

え!と思ったが当時の僕は周りの意見に反論したり、自分の意見を言えるような性格ではなかった。

すると姉が

同級生

柔道部なんていいんじゃない?どうせ1年のうちは型とか受け身くらいで楽でしょ?

と別に柔道経験者でもない姉の言葉に

レオ
レオ

そういうものか

と丸め込められ、当時のレオ少年はケンカも格闘技経験もないまま

周りに流されるがまま柔道部へ入部することになった。

練習しても全く強くならず。後輩よりも弱く、先輩からのシゴキ!

柔道部へ入部したがいいが、

同級生

どうせ1年のうちは型とか受け身くらいで楽

なんてことはまったくなく、自分より体重が何キロも思い先輩たちに毎日投げ飛ばされ、締められ、寝技で抑え込まれ、雑用や小間使いの日々で、別に柔道が好きでもない自分にとって辞めたいなーと思う日々の連続だった。

中学で柔道をやっている人間は大抵、小学校から始めていて、僕のように中学でやるやつは少数だ。

当時女子より体が小さかった僕はいい獲物だったのだろう。

リタ男
リタ男

後発組って不利だよね。

柔道部の先輩にシゴキのようなイジメのような目に会い、歯を食いしばって練習しても強くならない。筋肉もつかないし、試合に出れば当然のように1回戦負け。

 

2つ上の先輩たちは

レオ
レオ

本当に中学生かよ?子供2人くらいいるよな?

と思うようなごつい体つきをしていた。

 

2つ上の先輩たちなんかは普段まったく練習に来ず、大会の前日だけ練習にきて、タラタラ練習して明日の集合場所だけ、確認する。

で、翌日の大会では普通に優勝とか準優勝とか。。。

リタ男
リタ男

練習しないで結果出せるなんて。理不尽な世の中だね。

なんだんだ?僕は毎日必死に練習しても強くならず、1回戦負けが定位置なのに。

 

あまりにも理不尽だった。

翌年には後輩も入ってきたが、全員僕より強いし、全く先輩として一ミリも尊敬されていなかったし

むしろ口の悪い後輩からは、呼び捨てにされたり、かなりバカにされた。

柔道未経験の後輩にも大会でお手本のように投げられる。

一番きつかったのが、僕の1つ下の後輩でB君というのがいた。

B君は僕と同じで、中学から柔道を始めた。

僕より体が小さく見た目は僕がいうのもなんだか弱そうだった。

しかし彼は僕と違ってセンスの塊だった。スピード、技術、体力が桁違いだった。

ある大会で僕はそのB君と試合をすることになった。

周りでは当然先輩も目を光らせている。

僕だって先輩として、B君より長く柔道をやっているんだ!という意気込みで臨んだ。

僕の得意技は背負い投げで、B君の得意技も背負い投げ。

普通自分が得意としている技は防御法もしっているのが普通だ。

しかし、僕は教科書通りのキレイなB君の背負い投げで宙を舞った。

男性
審判

一本!それまで!!!

。。。勝てなかった。

それから当然先輩たちに呼び出され

おい!てめー、なんだあの試合!後輩に負けて悔しくないのかよ?

などネチネチとした説教は数十分続いた。

なぜかサッカー部の奴らにもいびられる

僕が柔道部だと知っているスクールカースト最上位のFというやつがいた。

顔はジャニーズ系でスタイルもよく、当時流行っていたチェッカーズの藤井フミヤのような髪型をしていて、サッカー部のエースで、女子には大人気だった。

リタ男
リタ男

天は何物も与えたんだね!

そんなFは僕にやたら絡んできた。

 

お前柔道部だよな?俺と柔道で勝負しようぜ!

などと廊下で取り巻き連中と僕を何度も囲ってきた。暫くは難を逃れていた。

 

ある日、そのFが取り巻き連中を誘って柔道部の練習場所にやってきた。

ご丁寧に顧問がいない時間帯を狙って。

 

そのFは柔道部のHと仲が良く、Hが

「おい、レオ!お前Fと柔道で勝負しろや!」

と言い出し、流れで僕はFと乱取り(実践形式の練習)をすることになった。

リタ男
リタ男

レオさん。ファイト!

やる前はいくらなんでも総合的な運動能力はやつのほうが、上かもしれないけど

柔道ルールならこっちが有利だ。投げ飛ばして、二度と絡んでこないようにするぞ!

と意気込んだが、結果は。。。。

僕はFの体落としという技であっさり投げられた。

リタ男
リタ男

負けちゃった?

普通体落としという技は素人が使う技ではないが、Fは見様見真似で出したのだろう。

いずれにしても僕は2年間柔道を頑張ってきたが、サッカー部のやつに負けた。

後輩たちの視線も痛い。

 

この日を境にFは僕に対して、見下し、呼び出し、取り巻き連中達と一緒に

何かしらの因縁をつけ、殴る蹴るなどの暴力をちょいちょい振るってきた。

リタ男
リタ男

ひどい話だね!

柔道を辞めたくても辞められず。。。。

そんなこんなで練習を一生懸命やっても強くなれず、アザや打撲、ネンザは日常茶飯事。

先輩たちにいびられ、後輩にもバカにされ、サッカー部のF達にもやられ、全く柔道が楽しくない。

そんな僕を見かねて母が

あんたそんなに柔道が嫌ならやめてもいいよ

と言ってくれた。

助けに船だった。

僕はようやく柔道部を抜けられる思った。

しかし顧問の先生に言いに行くと、

そっか。お前が色々裏でいじめのようなことを受けていたことは先生も知らなかった。

このことを職員会議にかけてみるよ。

結果が出るまでは僕は柔道部の練習に参加しなくてもよくなった。

 

よかった!これで柔道を辞められ、職員会議に掛けられたらFやその他の連中も迂闊に僕に手を出してこないだろう。

1週間が経過し、僕は柔道の顧問の先生に呼び出された。

サッカー部のFやその他お前をイジメていた連中に話をして、もう二度とレオには手を出さないと約束してくれたよ。

レオ
レオ

あ、はい。。。

なあレオ。柔道部辞めるのか?

レオ
レオ

・・・・・・・・

せっかくここまで頑張ったんだから、柔道やめるなー

とポンと僕の腕を触ってきた。

レオ
レオ

あ、はい。。。

そこで空気など読まず、辞めますと言えればよかったが、いつの通りのヘタレ爆発で

僕は柔道部に残ることになった。

人生を左右する高校受験も自分の意志ではなく、親の意見

3年の夏の大会が終わり(堂々の一回戦負け)僕は正式に柔道から引退した以降は、高校受験に向けて動き出した。

両親が離婚し、姉はヤンキーに。母の期待は全部僕に向かってきた。

僕が中学2年の頃、両親が離婚し、僕が当時住んでいた一軒家はとある事情で母名義だったので

親父が家を出ていくことになり、ここからシングルマザー家庭の開始だった。

その影響か姉は悪い友達とつるみ、酒、たばこ、万引き、家出など母に迷惑ばかりかけていた。

 

そんな母の口癖が

お姉ちゃんがああだから、レオ、あんたはいい高校を出ていい大学に行って、一流企業に入って、いい奥さんもらって・・・

と絵に描いたような人生を頻繁にいうようになった。

 

そして母は地元のA高校を受験しなさいと言われた。

そもそも僕はA高校に行きたいという気持ちもなく、姉が通っていた偏差値のあまり高くない

C高校でいいと思っていた。C高校であれば僕でもどうにかなりそうだった。

A高校は当時の僕の学力からすると、3ランク上くらいの高校だった。

学力向上のために僕は塾に通うことになった。

バカは塾に行っても無駄?

僕は母と、塾に行き、塾長と色々話した

いやー、しかしお母さん。今のレオ君だとA高校の合格ラインにはちょっと・・・。どうでしょう。ここはC高校を狙うというのは。それであれば無理なく受験勉強ができますよ。

いえ、先生、どうしても私はA高校に行かせたいんです。どうぞよろしくお願いします。

と涙ながらに懇願した。

それに負けてか、塾側もA高校に向けて僕用のカリキュラムを作ってくれることになった。

しかし、ぼくは塾に行っても全くあまり学力が向上しなかった。

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三者面談で見せた母の涙

そして三者面談の時期になり僕は母と一緒に担任と一緒に進路を話すことになった。
 

A高校ですか?しかし、お母さん、正直今のままだと厳しいかと

 

「ええ。もちろんわかっています。なので今息子を塾に通わせています」

 
 

こんなことあまり言いたくはないんですが・・・、学校にも都合がありまして、うちの学校からこの高校へ受験させるのは〇人という枠が決まってまして、レオ君がもしA高校を受験されるのであれば、誰か一人をその枠から外さなくてはなりません。

 

「それでも先生、どうしてもお願いします。合格するかやってみたいとわからないじゃないですか」

と涙ながらに訴えた母だった。

 

「わかりました。では職員会議にかけてみます」

となりその日はそれで終わった。
 

結果は学校側の母の熱意に負けてか僕がA高校を受験することを容認してくれた。

逆に僕は逃げ場がなくなった。

なぜ、

レオ
レオ

A高校には行かない。C高校に行く

という意思表示をしなかったのだろう。

高校受験一か月前のテストでも6点しか取れない僕

塾にいってもあまり学力が向上しない僕。

それを象徴することが起こった。

高校受験も残り1か月に迫ったある日、僕はいつものように塾へ行き、授業が終わり帰ろうかとしたときに、塾長に呼び止められた。

レオ君、そういえば他の生徒から聞いたんだけど、今日学校で学力試験の結果が帰ってきたんだよね?その結果を教えてくれる?

僕はぎくっとした。点数が悪すぎる教科があるからだ。。。

「じゃあ、国語の点数を教えて」

レオ
レオ

えっと、34点です。

「え?それは100点満点で?」

レオ
レオ

いや60点満点です。

そっか、100点満点に換算すると60点くらいか。。。

塾長の顔が曇った。

どうしよう。今回のテスト34点でも悪くないのに。。。

じゃあ、数学は何点かな

そしてついに理科の点数を言うときになった。

僕が一番苦手な教科で理科や化学はいつも点数が悪く元素記号とか全然覚えられなかった。

最後理科は?

レオ
レオ

・・・あのこれがちょっと悪くて・・・6点です

「え?」

レオ
レオ

・・・6点です。。。

塾長は驚いた顔で点数を手元の手帳にメモした。

微妙な空気が流れた。。。。

入院中も親に教科書を病室内に持ってこられた

高校受験も残り3週間前になり僕は風邪を引いた。すぐよくなるだろうと思っていたら、

全然良くならず、学校も休みがちになった。

過剰に心配した母は

「あんたの人生が決まる高校受験!入院して直そう!」

となり僕は問答無用に入院されられることになった。

 

僕は内心ほっとした。

これでA高校の受験に失敗しても入院で勉強がはかどらなかった。暫く嫌いな勉強から距離が置けると思ったが甘かった。

家に帰った母がまた病室に戻ってきて、教科書や参考書、ノート、筆記用具一式を僕の病室に持って戻ってきた。

「入院してても勉強しなきゃね。」

鬼に見えた。👹

レオ
レオ

ははは。そうだよね。

と返すしかなかった。

 

その病院のナースの人にも

「レオ君てA高校受験するんだって?実は私もA高校だったんだ。私でも合格したんだし、レオ君なら絶対大丈夫だよ」

と励ましてくれた。

僕はいつものように顔を真っ赤にして下を向くくらいだった。

未だに忘れられない高校受験結果発表の日の屈辱

そして、忘れもしない高校受験結果発表の日。

今はスマホなどで確認できる場合もあるらしいが

当時は市内にあるスーパの駐車場に張り出されるので、

当日の朝、ドキドキしながら駐車場まで1人で自転車で行った記憶がある。

 

出来れば同じクラスメイトに会いたくなかった。

なぜなら

男性
男性

「俺は合格していたよ。お前は?」

という流れになるのが嫌だったからだ。

そして朝10時。ついに合格者の番号が公開された!!!

結果は・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ない!どこにもない!ある程度予想はしていたけどやっぱりない!

僕は歓喜する周りをなるべく見ずに、チャリに乗り帰宅しようとした。

リタ男
リタ男

レオさん。。。涙が出そうだよ!

ここまでくれば、もう知っている人に会うこともないだろうという場所まで来たが

予想外のことが起こった。

ふと僕の反対側の歩道で凄い全力の笑顔で凄いスピードでチャリを漕いでいる2人組がいる。

隣のクラスのやつで、辛うじて顔と名前が一致する程度で話したこともない。

そもそも僕の名前すら向こうが知っているのかも怪しい程度の関係の2人組だった。

あんなにニコニコして、あいつら2人とも合格したんだなーと思っていたら

その2人がこちらに気づき、凄い大きな声で

男性
男性

「おーーーーーーーーい!!!!!  レオーーー!!!!!!!」

と笑顔500パーセントで手を振って来やがった。

僕は本来そのまま直進する予定だったが、とっさに左にハンドルを切って左折し

自分の視界から彼らを消すことしか出来なかった。

 

自宅に戻り、すぐ母に電話して

レオ
レオ

「ごめん。ダメだった・・・」

と話し、電話を切った。

 

今まで塾などの費用をシングルマザーの母に捻出してもらっていたのにも関わらずこのザマ。

貴方の息子は本当に無力でごめんなさい🤢

 

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